トップ 庭のアルバム 野の花ブログ Myレシピ
 今年(2008年)は、店のオープンから6年目を迎えました。当初は、スタッフとして一緒にお手伝いしてくれた春美ちゃんや好美ちゃんたちも、出産や子供の進学等の事情で手伝ってもらうのが難しくなり、今では、ほとんど一人でやるようになりました。そして、それも悪くはないなと思っています。
 繁盛しているわけでもなく、暇過ぎるわけでもなく・・・

 ここ末永は、豊かな自然と温かな人々に囲まれた、私の夢の楽園です。社会では悲しいニュースが後を絶ちませんが、“野の花”でのお客さまを見る限りは、いつも平和で幸せに満ちています。
(ここでの田舎暮らしのスタートや日々の生活の様子は、別ページの「“野の花”物語」や「ブログ」でご紹介していますので、お時間のある方はどうぞそちらをご覧ください。)
店主 田崎 彰子 (たさき あきこ)
 “野の花” 店主 田崎 彰子です。(2008年現在57歳)
 親しい人は、「あっこさん」or「あこさん」と呼んでくれます。(お客さまからでも、こう呼んでいただけると嬉しいです。)
 子供の頃に育った環境、野山や田園風景が大好きで、大人になってからずっと田舎暮らしを夢見ていました。やっと、ふたりの子供達が成人してお金がかからなくなったことで、勤続31年の会社勤めを辞め、本当の意味での自分の人生を生き直したいと思いました。

 “野の花”は、一応料理店と言えども、実際は”長閑な田舎屋サロン”とでも言ったほうが似つかわしいような処です。いろいろな方々との“出逢い“を楽しみながら料理を提供させていただき、且つ自分の生活も楽しんでいます。
 大好きな土いじり(野菜作りとガーデニング)、お客さまとの出逢いから発展していく様々なイベント、おしゃべりな“ブログ”、庭の花をデジカメで追っかけたWeb上の“花のアルバム”、そして、犬のクマとの散歩がてら、山野草を探したり野の花を摘んだりしながら、ぼちぼちと念願のスローライフを実現させています。(スローライフとは、時間をかけて丁寧に生活をすることかな・・・?)
 たいそうな料理はお出しできませんが、昔ながらのおばあちゃんの手作りの素朴な味の記憶をたどりながら、ひとつひとつを真心込めて“身体に優しい料理”作りを実践しています。

 ここ5年間の間に、当初目指していた、“身体に優しい料理”に加え、地球環境問題、体内環境問題も合わせて、考えるようになり、“野の花”の方向も少しずつ変化してきています。すべてのことがつながっていることを実感しています。これは、自然食目当てに“野の花”に来てくださるお客さまたちが、次々に私にいろんなことを教えてくださっているおかげです。人との出逢いがこんなに幸せなことだとは、ちょっと予想外でした。
 これからも、頭で難しいことを考えないで(考える素養がない?)、プカプカと自分の人生の流れに身を任せて行ければいいなと思っています。
忠実な番犬 クマ
 2000年12月生まれ?柴と紀州の合いの子です。生後10ヶ月まで娘の元で暮らし、娘と一緒に渡米する予定でしたが、アメリカ同時多発テロが起こったため、2001年11月私に預けられました。
 お客さまが見えられた時に、真っ先に教えてくれます。(”ワン”を聞き、私は、急いでお茶の用意をします!)番犬のお仕事に忠実です。お帰りになるときは、けっして吠えませんので、どうぞお許しを・・・。
 クマが居るから、一人暮らしでも安心していられるのかもしれません。クマと一緒だから、いろんな場所への散歩も行きたくなりますし、どんな山の中でも、夜中の野道もヘッチャラで歩き回ることができます。クマが教えてくれた、星空の夜道、蛍の飛び交う川べり、心研ぎ澄まされる月夜の景色、そして月の満ち欠け・・・。娘の化身だと思って大切にしているのですが、反対に私が守られているのかもしれません。
 川が大好きで、雪が降るどんなに寒い日でも水に浸かりたがります。ちょっと気が荒いところもありますが、私の言葉をちゃんと理解してくれる賢い子です。
生きた招き猫 キジー
 人間が大好きな人懐っこい子で、客間に入りたがるので気を遣いますが、不思議と“野の花”のお客さまの90%はネコが大好きなお客さまです。「今日、キジーちゃんは?」と聞かれることも多いです。ネコの話でお客さまと盛り上がることも少なくありません。
 2002年12月、生後3ヶ月の頃、迷い込んで来てそれ以来家の子になりました。人を全く怖がらず警戒しないのは、たぶん、捨てられてすぐ家にやってきたのだと思います。とても気立てが良くいつも穏やかですが、ちょっとお高いところがあって、「私は、愛されて当然!」と確信しているようです。
 冬だけは、ぴったり寄り添って一緒に寝てくれます。今どき珍しく、ネズミや蛇や鳥を捕るのが超得意です。そればかりか、まるでご飯をもらっていないかのごとく、丸ごとムシャムシャと食べてしまいます。
 サッシのドア、襖、障子を両手で開けるのも得意です。窓を閉めてしまった後は、家屋横の庭木を伝って2階の屋根へ上がり、窓を開けて出入りしています。開けっ放しなのが困りものです!
海野 恵子さん (店主と同じ年)
 一年前から、ひと月に数回(日曜日やイベントのとき)、“天然酵母パン“を作ってもらっています。(店主は、時間的余裕がなくパン作りは諦めました。)
 恵子さんは、元々“野の花”のお客さまでした。しかし数回お会いするうちに、私は、彼女の作る、こだわりの“天然酵母パン“にすっかり惚れ込んでしまいました。(いつもお土産にいただいていました。)何が何でも拘りの手ごねで、20時間(季節によって変わりますが)もの時間をかけて焼き上げるパンは、ふんわりとして引きが強く、ほんとうにやさしい味です。“天然酵母パン“というと、どちらかといえば固くて重たいというイメージがありますが、何も聞かずに食べれば、イーストのパンかと思ってしまいます。料理には(何でもそうですが)、その人の全てが表れます。味覚に敏感な方なら、彼女のパンを食べることで分かっていただけるでしょう。

 恵子さんが作ってくれるもうひとつのすぐれものは、「Eco路地工房」のシールを貼った手作りのマルセイユ石鹸です。香り付けには、エッセンシャルオイルだったり、“野の花”のレモングラスやカモミールを使ったフレッシュ・ハーブだったりします。食器も洗えるほど安全性が高く、顔を洗ったあとも肌が突っ張りません。(恵子さんの手作り石鹸は、こちらで紹介しています)

 恵子さんは、とにかく元気でハチャメチャに明るい人です。環境問題にも造詣 が深く、日々さまざまなエコロジー生活を実践しています。「まずは、身体の環境を整えましょう!」が彼女の口癖で、私にもたくさんのことを教えてくれます。
 子供たちに習字の指導もしている恵子さんは、良寛さまの心の書を書くのだそうです。“野の花”の看板やのぼりにも大らかで自由な字を書いてくれます。
 ただ、彼女の住まいは、糟屋郡の志免町です。都市高速を使っても、一時間はかかりますので、通って来るのはなかなか厳しい状況にあります。
 恵子さんのご主人の薫さんは、2007年の“野の花イベント”で5回に渡る“環境学講座”の講師を務めてくださった方です。現在は、九州大学工学部で、“味覚センサー“の研究に携わっておられます。
店主の娘 奈緒子
 2002年11月に渡米。ワシントンDC在住。
 帰国した時には店を手伝ってくれます。
 店主である母よりも、繊細で優しい子です。
 営業経験や、ホテル、飲食店勤務の経験も多く、お客さま接待は大好きです。
 ホテルで仕込まれたこともあって、いつも私の至らないところをあれこれ教えてくれます。
 DCでは、日本企業の旅行代理店で働いています。
 日本に帰ってきたい気持ちはあるようですが、アメリカと日本 のカルチャーの相違や就職のことなど考えるとなかなか難しそうです。
 母親としては、どこに住んでくれても全くかまわないことで、好きなように、思うように人生を楽しんで欲しいです。
■野の花を作ってくれた仲間たち(年齢は2005.8月現在)

 資金の少なかった私は、たくさんの仲間に助けられてこの店を開く事が出来ました。
 材料費+わずかの日当 殆どボランティアでした。
 たくさんの”ありがとう”を、お世話になった人たちだけではなくて、その都度どなたかのお役に立てる方法で、誠心誠意恩返しをしていけたらと思っています。

濱岡茂博さん 35歳 大工
脱サラして3年半。某企業在職中、海外青年協力隊に通信技術者としてブータンで2年間勤務。帰国後、 日本の行政、環境問題、企業のあり方等に対して逆カルチャーショックを受け、脱サラ。 経験は浅いけど、廃材を使ったその技術力はすごい!丁寧、正確。徹底したエコロジスト。
エコな家を建てたい方は、紹介しますよ。
音楽が大好きで、昔はバンドマン。楽しい時は、すぐにギターを引っ張り出します。”野の花”の店主とは、同じ会社での仲間でした。
リフォームする頃は、高知に住んでいて、2ヵ月半、住み込みで作業をしてくれました。
桝本大輔さん

31歳

大工


濱岡さんとは、四国88箇所巡礼の際に知り合う。(もちろん、歩きの巡礼=この巡礼の際の数々のエピソードは、人生の縮図。悟りへの旅でした。)
”野の花”のリフォーム時には、広島の建設会社を脱サラして半年(会社からは、いつでも帰って来い、と人望も厚い)現場管理や基礎工事関係は専門だったが、大工仕事は初めて。
ところが、その仕事振りは、誰も大工である事を疑わない。
彼も、勿論住み込みで仕事をしてくれました。
容姿、中身ともに好青年。
今は、”野の花”のある、ここ末永に引っ越して来てます。
古い借家ですが、少しずつ家を手直ししながら毎日楽しく暮らしてます。

伊藤百代さん 30歳 トータルインテリア
店の内装、創作インテリア、木工、陶芸等何でも出来る。 自分の感性に対して徹底したこだわり派。 漆喰の壁塗りも見事!玄関には、古い雨戸で作った靴箱、漆器の入っていた木箱で作った郵便ポスト、廃材で作った調理場のテーブル、本棚、床の間の木工細工の漆黒の飾り棚。500円の洗面器を改造した電球の傘等など。 彼女のお陰で、古い、眠っていた者たちが生き生きと蘇りました

2ヵ月半通って、昼食・夜食・おやつ付き。
今では、2児のママです。

雨戸再利用の靴箱
伊藤知香さん 29歳

襖・小物担当

百ちゃんの妹 古布や和紙を使った斬新なデザインの襖張り、トイレの掛け軸、暖簾、手洗いの作成、ペイント。古布で作った座布団カバー、ランチョンマット、コースターの数十点は、自分の店番をしながらの内職が殆ど。私がやるつもりの仕事でした。 とらわれない自由な遊び心にセンスが光ります。
笑顔がとても素敵。

時々通って来てくれましたが、ほとんどは内職だったので、夜食は弁当にして百ちゃんに届けてもらいました。
千香ちゃんも、今では1児のママです。
伊藤昌司さん 59歳 書・看板・墨絵担当
書道6段・囲碁6段の他・墨絵・三線(さんしん=沖縄の三味線)・カラオケ・料理等多芸多才。「無駄をする価値」が座右の銘という。看板、標識、のれん、襖の書、掛け軸等は、すべて彼の作品。床の間の「和顔施」(わげんせ)や襖の「色即是空」の"書"には"野の花"のスタンスを練りこんでもらった。 専門の業者に書いてもらえばどれほどの料金を取られるのだろうか?

「和顔施」とは、仏教用語です。お布施の一つで、お布施というと、一般的には金銭や物を施す、財施を思い浮かべますが、無財の七施といわれる・眼施(やさしい眼差し)・言辞施(やさしい言葉)・身施(身体的な奉仕)・心施(温かい心)・床座施(席を譲る)・房舎施(家を使って頂く)、そして・和顔施(笑顔)があります。お布施とは敬い施すことで、純粋な喜びと感謝の心で、相手のためになる事をさせていただくものなのです。
野田勝義さん 50歳 備品調達人
大川のリサイクルショップ社長 人を喜ばせるために生まれてきたような人。
誰に対しても面倒見が良く、めっちゃお人好し。大きなリサイクルショップの店内は、何でも有りの商品の山。ガラクタ有り、美術品有り、高級品有り。その中から、掘り出し物を見つけるのが楽しいし、他所のリサイクルショップの半額以下で買える。通い出して数回目ですっかりお友達になり、半額どころか、ただで頂いた物の何と多い事か。鍋、ジーンズ、皿類、茶碗類、骨董の椅子やテーブル、ストーブ、エアコン、ふとん、建具、インターホンetc.etc・・・福岡の我が家まで何度、配達してもらっただろう。(配達料無料=お礼は、真心込めたお食事だけ)
大牟田から、友達の庭師さん、電気屋さん、畳屋さんまで連れてきて市価の4分の1位の価格で工事をさせてくれた。「貧乏人から金は取りきらん。」だそうです
自称「石原 裕次郎」
リサイクルショップは、実はサイドビジネスで、色んな会社を経営していて、自ら水道工事や電気工事、大工工事など何でも出来る、気さくで素晴らしい大物
「リサイクルショップ208」の連絡先は 0944-89-3505
明治順子さん 52歳

食器担当

    脱サラして陶芸歴5年目。 自由奔放な遊び心の作風に惚れました。「まだまだ素人だから・・・」と本人は言うけれど、シックで素朴で味わい深い作品ばかりです。パッチワーク(古布)・かずら・木工、そしてスポーツ・・・。あれもやりたい、これもやりたいと、創作活動の心の躍動は止まる所を知らない。やりたいことばかりで一日の時間がとても足りないと悲鳴をあげている人。
彼女の作品を、"野の花"のお料理にもたくさん使っています。
蠹賃絏綾斬陲里澆覆気


不動産屋さん
私が、会社勤めで営業をしていた時のお客様。前住居の物件を売却する事から始まって、ここの末永の物件を探し出すまで約2ヶ月半、ずっと親身になって付っきりで半端ではないお世話をしてくれた。土曜・日曜まして営業日でさえも一緒に物件探しの手伝いをしてくれたし、私が物件を見つければ、一々念入りに調査し専門家の目で的確なアドバイスを与えてくれた。私のために費やした時間は、述べ100時間は下らないだろう。勿論、無報酬で。(いえいえ、でも無報酬に甘えた訳ではありません。とにかくお礼は致しました。)私ほど面倒をかけてしまう客も少ないだろうが、他のお客様でも、とにかく一旦始まると商売抜きで徹底して付き合ってくれる。今時、こんな真心を売り物にした商売をしている会社がどれくらい有るだろうか?

「物件の売買なら田代屋住宅」へと宣伝したい。
感謝されても、決して裏切られる事はありません。
福岡市中央区高砂2-16-28  092-521-4021
 
蠹賃絏綾斬陲気鵑離曄璽爛據璽犬呂海舛
をクリック
濱岡 春美さん
   ”野の花”をリフォームしてくれた大工さん、濱岡 茂博さんの奥さん、春ちゃん。
 2年近く、“野の花”を手伝ってくれましたが、2007年2月に第4子を自宅出産。現在は、子育てに専念中です。
 エコロジー生活に徹していて何でも手作りの生活をしています。
 スポーツ万能で素朴で太陽のような明るい人です。
 手伝ってくれているときは、いつもキッチンをピカピカに磨いてくれました。
木下 好美さん
  大工、濱岡 茂博さんのお姉さん
 心優しく、物静かな話し振りにはいつも教えられることが多かったです。
 一人息子の中学入学を機に、都心部に引っ越してしまいました。
 おしゃれで、音楽やスポーツが得意でした。
 彼女のおしゃれさは、いつも“野の花”にヒントをくれました。
 翌日の仕込みのため、夜中まで作業してくれたり畑作業も手伝ってくれました。
 また、経理の担当でもありました。

■”野の花”のありがたく貴重な助っ人
奥村 春美さん 56歳 ”野の花”のおしゃれ化を推進


庭先で野の花を
活けてくれてます


 

店主の娘の保育園時代の同級生のお母さん。卒園後の20数年間は、音信不通だったけれど、2004年の「人生の楽園」を観て訪ねてきてくれてからのお付き合い再開。
35年間の病院勤務(看護婦)を4年前に退職後、手作り雑貨を手掛ける。
手先が器用で、再び巡り会えたことは私にとって最大のハッピー!
グラスリッチェン、木目込み人形(お雛様、五月人形など)、ドライフラワー、古布を使った洋裁
を始め、手編みの編み物、粘土工芸、粘土人形、着付けは、免許取得の腕前。
”野の花”の座布団、店主のスカート、ディスプレー用のさまざまな小物を用立てしてくれるだけでなく、イベント時のスタッフたちへの着物の着付けや人手が足りない時の料理や接客の手伝いもしてくれる。
「このシャツに似合うスカートが欲しい・・・」の店主の我儘も瞬時に叶えてくれる、ありがたく貴重な存在。私のはいてるスカートを気に入ってくれたお客さまのオーダーも気軽に受けてくれる。
また、彼女のご主人は、山菜取りの名人で、わさび、自然薯、わらび、タラの芽、うど、筍など、季節に先駆けて惜しげもなく届けてくれる。

藤島 正稔さん 68歳

イベント時の写真撮影

 

生年月日:1937.2.14(Stバレンタインデー) 生まれ
福岡銀行 支店長、部長、取締役、関連会社社長などの職歴を経て
平成14年6月退職。
現在は、
NPO法人シニアネット福岡 監事、デジカメクラブ『写楽』会員

生松台メール交歓会会員
      http://www.geocities.jp/ikimatsudai1/kainnnohiroba.html

趣味:デジカメ、パソコン、旅行


店主の元会社時代のお客さま。初めて、インターネット接続の依頼を受けて訪問したのは、1999年だったでしょうか?その頃が、藤島さんのインターネットの始まりでしたのに、今では上記のような、素晴らしい指導的立場でご活躍です。
いつの頃からかイベント時の写真を撮って頂けるようになりました。私は、藤島さんの写真が大好きです。イベント時の写真だけではなく、風景や花々の写真の何と、シャキッとして優しいことか。

藤島さんのブログもご紹介しましょう。
http://martyantex.exblog.jp/

http://masa37214.exblog.jp/

当時、営業担当をしていた私に、ご夫婦で通常の大切なお客様をもてなすのと同じ接客をしてくださり、帰りには常に菓子折を持たせてくださいました。そのお気遣い振りや温かな人間性に甚く感動したものです。
「セールスは、サービス、サービスが、セールス」という、忘れることが出来ない、ありがたいお言葉も頂きました。
藤島さんが、長年企業人として培ってこられた生きた言葉でした。
好きな言葉が、老子の「上善は水の如し」というのは、まさに藤島さんの生き様でしょう。
生活信条は、「明るく 仲良く 元気良く」
退職後も、生活のペースを崩さずに、精力的に地域に貢献されているお姿は、若々しく生活信条のままです。奥様のてる子さんも、また素晴らしい方で、常に笑顔を絶やさず、控えめにご主人の後ろに立っていらっしゃいます。

Copyright:(C) 2003 Nonohana All Rights Reserved