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小母の短歌2007-07-18
    ☆みどり児の背なに手を添へ眠らしむこの手汝の重荷となるな


    ☆野良猫も踏まずゆきたり一枝の萩しだれたる紅の土


    ☆黒白の際あはあはと地表に声なき雪の消えてゆきたり


    ☆二の腕をさ迷ひゐたる黒蟻のゆく末まではかまはず払ふ


    ☆枝を張らず木陰に立てる山いちご恩愛遠き身の涼しさに

      (はむらをうちて)
    ☆争へば葉群を搏ちて小鳥落つひた紅の椿花かげ


    ☆未だ遠き道のりならむ元朝を鼻緒しまれる下駄はきおろす


    ☆梅の香をふふむ夜の風引き入れて今日の終りの厨戸閉す


    ☆生きてゐる生きてゐるんだ庭に出て土踏む音がわれを励ます



 毎晩、寝る前のほんのひと時を、小母の短歌で過ごすことが多くなりました。
 短歌を始めて30年弱、56歳にして始めたといいますから、今の私の年齢だというのは面白いことです。
 1ページに3編の約500首足らずの短歌ですが、小説を読むよりずっと時間がかかります。
 草木や空や水や虫に心を移しながら想いをつなげる作風には、一貫して、”命”がテーマになって詠われているような気がします。私の知らなかった小母の生き様が、彼女とどんなに長く話をするより理解できるように思いました。


 平成8年に、食道癌になって入退院を繰り返す小父の世話をしながら、2年後には、過労も祟って心筋梗塞で自らも倒れてしまいました。
 小父は、それから更に2年後に亡くなりましたが、小母は、あちこちに支障をきたしながらも生還を果たしました。疲れやすい、足が痛いと言いながらも、好きな庭の花や野菜作りをしながら相変わらず短歌を作り続けています。


 紹介した最後の歌、


    ☆生きてゐる生きてゐるんだ庭に出て土踏む音がわれを励ます


は、彼女を知っている者だけが心を揺さぶられるのでしょうか?
 60歳を過ぎても、つばの広い大きな帽子をかぶり、ギャザーのたくさん入ったワンピースの良く似合った小母の夏の姿を思い出します。
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